共有

第32話 一目ずつ、君へ

作者: 東雲明
last update 公開日: 2026-09-23 10:07:30
 毛糸は、医療器具よりも扱いにくい。

 獅子寮の共有スペースで、俺は二本の編み針を握ったまま、膝の上に広がる生成り色の惨状を見つめていた。

 窓の外では夕暮れがルミナス市の建物を薄紫色に染め、高層棟の案内灯が一つずつ輝き始めている。白い壁に埋め込まれた照明は柔らかな橙色で、天井から響く空調音も穏やかだった。

 落ち着いた共有スペースの中で、俺の手元だけがひどく混乱している。

 乱れた編み目を直そうとして針を入れれば、別の場所から輪が抜ける。抜けた輪を引き戻そうと毛糸を引けば、今度は指が二本入りそうな穴が開く。

「……どうして、ここが開くんだ」

「そこにつながっている毛糸を引っ張ったからよ」

 向かいに座るエマが、薬草学の本から顔を上げて答えた。

「俺は直そうとしただけだ」

「毛糸はハヤトの意図まで理解してくれないの。必要なのは気持ちじゃなくて、正しい位置に針を通すことよ」

 正論を返され、言葉に詰まる。

 医療棟では、光量測定器や細い処置器具を落ち着いて扱える。相手の呼吸や脈拍を見ながら、力加減を変えることもできる。

 それなのに、二本の編み針は俺の指示をまるで聞かない。

 片方を動か
東雲明

ミナへの贈り物を完成させるため、初めての編み物に悪戦苦闘するハヤト。失敗を笑いに変えて支えるテオと、冷静に助言するエマとの友情が温かく描かれます。二人が編んだ不揃いな贈り物に込められた想いと、閉ざされた扉の前で響く「ハヤト!」にご注目ください。今回もおもしろいと思われましたらブクマ、評価、レビューいただけると泣いて喜びます。

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